めにまね
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涼宮ハルヒの…

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涼宮ハルヒの喪失 §5

 同じ速度で走っている電車同士では、互いの風景は変わりなく見える。ところが一方がずれたとたん、実は互いが驚くような速度で移動していることに気付く──よく体験することだろう。
 俺が毎度『機関』御用達ごようたしのインチキ黒タクシーの窓から見た風景がそうだった。俺が登校してから今に至るわずかな時間ですら、ちょっと気付けば世界がもの凄い速度で無彩色へと脱色しているのに、外に見える人々の誰も色彩の変化に気付いていない。
 運転しているのは偽執事新川さんではなくクイーン・オブ・メイド森さん自らだった。運転手を雇うと俺たちが入りきらないからだろう。代わりと言ってはなんだが、前後をそっくりの車が囲んでいる。まるでVIPかヤクザの移動だな。
「恐ろしいものですね」
 森さんが前を見たままつぶやいたのは俺の感想についてではなかったようだ。
「世界から彩度が失われていくだけではなく、事物の動きも緩慢かんまんになってきています。私たちの意識はそのままでも、車は思うように動いていない──わかりますか?」
 なんと、これは安全運転しているわけではなかったのか。
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涼宮ハルヒの喪失 §4

「上層部では、良くも悪くも傾向が安定するという理由であなたを消そうかという話まで真剣に討議されてます。自殺的行為を選ぶような勇気はないでしょうけどね」
 目の下にクマを作った古泉が、聞いたこともない声色こわいろで俺に告げた。こいつ寝不足だと切れるタイプだったか。ブレザーのポケットに片手突っ込んでポーズだけは余裕ここうとしてるのがかえって痛々しいぜ。
 ハルヒのいない文芸部室はやけに広く感じるが、窓の外は一面の灰色雲に覆われている。おそるべきはハルヒ効果だ。地球規模に広がりつつある閉鎖空間が現実にも浸食し始めている──というのが古泉説だが、俺は全世界的にたまたま曇りの日が揃ったんだとまだ信じてみたいんだがね。
「本当」
 そうかい。
「現在世界は急速に色彩を失いつつある。世界が閉鎖空間と同じ彩度にまで落ち込んだ時、世界と閉鎖空間は同一のものになる。情報統合思念体の一次予測では最短で一月、最長で二〇年」
 微妙な上にずいぶん幅があるじゃないか。
「統合思念体は有機生命体の予測は苦手。個人的予測では三日以内。手を打たないと状況は今後幾何級数的に悪化する」
 長門はすでに目を回している朝比奈さんをあおぎながら、容赦ないコメントを繰り出した。心なしか冷たく聞こえるというか「ほらみなさい、心配したとおりになって」というメッセージが込められているようにも感じる。俺もずいぶん分析力が上がったな。
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涼宮ハルヒの喪失 §3

「どう? 大成功って感じ?」
 なじみ深い駅前ロータリーの喫茶店ボックス席で、小夜子は手をひらひら振りながらけたたましい笑い声を上げた。中年になったときのおばさん姿が目に浮かぶようだ。こいつは十七でも三十四でも、ついでにいえば六十八でも同じようなキャラを続けそうな気がする。鶴屋さんのようになにかを超越してるというわけじゃないが、できる女特有の背骨がしっかりある感じは共通している。女は生まれたときから女とは聞くが、鶴屋さんも甘夏小夜子も生まれたときからこんな感じだったんじゃないか。
「何がどう成功したっていうんだよ」
「涼宮ハルヒよ。ねえ、告白されたりした?」
 なにを訳のわからんことを。
 そう、この甘夏小夜子は俺と涼宮ハルヒをくっつけようと画策している女なのだ。見合い話を山ほど持ち込んで煙たがられる親戚の小母さんへの準備をこの歳にして着々と進めてるってわけだ。世の中には未来人やら宇宙人やらいろんな奴がいるのは知っていたが、こういう女がまだ現存しているとは勉強不足にして知らなかったぜ。
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涼宮ハルヒの喪失 §2

 一夜経って学校に行ってみると、周囲がSOS団の面子メンツに遅れること半日で同じ結論に達したらしく、俺はクラスのナンバー1と2を天秤てんびんに掛ける凄腕プレイボーイとして校内中の注目を集めていた。そのような噂は朝比奈さんと俺の間に立つべきであり、むろんそうなれば、内容の肯定否定にかかわらずハルヒが一字一句台詞を吟味した有料記者会見がお膳立てされて、SOS団はさぞ潤うことだろう。
 実際にはハルヒと俺の仏頂面ぶっちょうづらが縦に並んだ机と、その横で小夜子が飄々ひょうひょうと俺に話しかけるというなんとも言い難い空間をドーナツ上に周囲が取り囲むという昨日と同じような状況が再現しただけだった。
 小夜子の奴は風向きを見て方針を変えたのか、休み時間ごとに俺に話しかけてくる。いつもなら休み時間毎にどこかに消えてしまうはずのハルヒが、なぜか自分の椅子から動かぬままそれを聞いているといった具合だ。正確には一時間目の休み時間には消えていたのだが、突然戻ってきたかと思うと、そのまま長門のように机の前に固まってしまった。まさかハルヒにして噂を聞きつけたなんて事はないと思うのだが。自分のことにはとてつもなく無頓着むとんちゃくな女だからな。
 俺の背中から机の天板一枚離した距離に仏頂面ぶっちょうづらがいては話が弾むわけもなく、俺は小夜子の話を一方的に聞く相槌あいづちマシーンと化していた。それなりに話題の広い小夜子の話を聞くのは苦痛ではなかったが、ギャラリーつきでは楽しさも半減だ。なにより背中が寒くて仕方がない。谷口はそこで悔しそうな顔をしてないで輪に入ってこいよと言いたい。寒さは身を寄せ合ってこそしのげるってもんだぜ。
 何度かハルヒも会話に加わるよう誘っては見たものの、長門と化したハルヒは見事なまでの沈黙で応えた。小夜子もけらけら笑ってる場合じゃないだろ。
 放課後になるのが人生で一番長い一日が過ぎて、それでも部室へと足が向いたのは何かの呪いだったのか? 俺は無意識のうちに旧館の隅へと足を運んでいた。ハルヒと共に。
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涼宮ハルヒの喪失 §1

 俺がハルヒと二人で歩くのはそう珍しいことじゃない。SOS団のメイン活動であるところの市内不思議発見パトロールではくじ引き次第でこの組み合わせになるわけだし、役割分担で行動する場合は運すらもない。
 俺としては見目麗みめうるわしい上に心の慰めにまでになると言う画期的いやしグッズである朝比奈さんと歩く方が楽しいことには間違いないが、長門とぶらぶらしたり図書館でまったりとするのも悪くない。さすがに古泉と男二人でツレ歩くのに比べるとマシであるハルヒは、その順位の低さに反比例するように体力を使わされることが俺をうんざりさせるというだけのことだ。とはいえ、元気じゃないハルヒを見るよりは、日々紫外線の向上する日光より明るい笑顔を見ている方がいいに決まってる。
 だからその日ハルヒが俺の袖を引っ張ってデパートに向かったのも、SOS団にとってはよくある日常の一コマに過ぎなかったわけだ。幼児と若い母親が戯れるデパートの屋上で好奇の目にさらされながら一回二百円の望遠鏡でひとしきり街を監視した日曜日に俺は何の生産性も見いだせなかったわけで、実はそれが大きな変化のきっかけになろうとはその時解ろうはずもなかった。
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