猫と鈴(立ち読み版)§1
要領のいい人はいるものだ、と直枝理樹は思った。女子寮は夜間の男子入寮については厳しいものの、昼間はある程度の自由がある。そして旧館にある来ヶ谷唯湖の部屋と来たら、女子寮の租界とも言われる治外法権の土地で誰もが近寄ることさえ恐れるらしい。
つまり、フリーパス。
「そんなわけで存分に楽しんでくれたまえ」
「ナレーションを受けて会話しないでよ!」
ランキングバトルに敗北した理樹は精一杯の抗議をした。ベッドに座る唯湖の太ももの上から。
「なんだ、そんなささいなことが気になるのか。総受け君は心配性だなあ。」
はっはっはと辺りはばかることのない大声で、唯湖は笑った。とはいっても理樹からは笑顔の下半分は見えなかった。白く透けるシャツに包まれた公称B九〇のFがゆさゆさと揺れていたので。
本当はゆさゆさというよりどたぷ〜んという感じだったのでGかHはあるんじゃないかと理樹は思ったけど自重した。空気の読める子理樹。
「なんならキミが揉んでHカップに育ててくれてもいいんだぞ」
「だからモノローグに入ってこないでってば!」
つまりGなんだなと理樹は納得した。謎の解明は使命の一つでもあるので今日はなかなかの働きをしたといえる。
「そういうわけで、僕を帰してよ。クドが待ってるんだ」
「そう言う総受け君もナレーションから切り返してきたじゃないか、つれないな。キミは敗者のしきたりというのがまだよくわかってないらしい。昔から戦争に負けた側は狼藉略奪の限りを尽くされて陵辱されるというのが世の習いだ」
「歴史はともかく、こんな恥ずかしいこと……」
「そうか? ほ〜れほれ」
唯湖は膝にのせた理樹の頭をわしわしとなでた。そんな風にされると、理樹も自分が猫になったような気がしてくる。横たわるベッドのほどよい寝心地もあって、心地よさに気が遠くなりそうだ。
「そういえば総受け君は|ロリっ子御用達君《クドリャフカ君》とおつきあいしているのだな」
理樹をじゃらしながら唯湖が尋ねた。
「うん。今日もこれから買い物に出かけるんだ。だから」
はう・まーっち・まねーなのですよ、というクドの可愛い声が理樹の頭の中で聞こえた。毎日一緒にいても、やはりお出かけは胸がドキドキする。ここでちょっぴりお茶目な姉御肌に玩ばれている場合じゃないのである。
「それなんだが……」
唯湖はらしくもなく、曖昧で|無聊《ぶりょう》に苦しむような表情を浮かべた。
「なぜだかキミがクドリャフカ君といるのを見ると妙に腹立たしい……気がする。そもそも君たちはいつからつきあっているのかね」
「それは……」
デートの帰りにクドが「靴ひもが解けてる」っていって、僕がかがんで――。
あれ?
唯湖の言葉が耳に届いたとたん、理樹の頭の中に突然“?”が浮かんだ。
そもそもどうして僕はクドと出かけたんだっけ?
忘れられないはずの確かな思い出が、唯湖に聞かれただけで泡のように消えていく。
(記憶なんてあやふやなんだよ)
どこかで誰かの声がした。
(あたしがちょっと言っただけで、すぐにひっくり返ってしまうくらいに)
そんな訳はない。僕は、そんな挑発は乗り越えてきたはずだ。
挑発? 誰の?
急にうろんな気持ちになった理樹の気持ちを見透かしたように、唯湖は
「なぁ、少年も気づいたろう? 何日前からなのかわからないが、キミの記憶同様、みんなの記憶も実にあいまいだ。実は私自身、なにが現実で何が妄想なのかいささか自信がなくてね。そんな時私は思考より自分の感性を信用することにしているんだ。それによると――」
唯湖は太ももの上にのせた理樹の頬をむにむにと押した。
「こうしていることはどうやら私にとってとても自然なことらしい。控えめに言って、歯磨きのような習慣であったとしか思えないのだよ。ここ数日ずっとこうしたかったし、キミの頭がここにあると落ち着くのではないかと予想はしていたが、これほどとは思わなかった」
唯湖の掌はまるで懐かしむかのように理樹の顔をなぞる。理樹はなんだか背中がゾクゾクっとした。やばい、なんだか僕もそんな気がしてきた。確かにこの太ももの感触は初めての気がしない。
「でも何かが違う気がする」
「それはズバリ、場所だな」
唯湖は断言した。
「私のおぼろげなイメージでは理樹くんを支えていた太ももの下はもっと固い感触だ。たぶん放送室の椅子なんじゃないかと睨んでいる。つまり、私たちはいつも放送室を使って乳繰り合っていたというわけだ」
「乳繰りあってなんていないよ! ご飯を食べたり、耳掃除を……」
あっ、と理樹は唯湖を見上げた。唯湖の美々しい顔がにんまりとした……はずだ。相変わらず口元はGカップ山脈の彼方だったので。
「どうやら私だけの妄想ではなかったようだな」
「そんな気がする」
「そうか……」
満足するのかと思いきや、なぜか唯湖は気まずそうに天に顔を背けた。
「どうしたの?」
問いかけたとたん、唯湖へのプレゼントに悩んだことや一緒に見た花火の記憶が、理樹の中で逆回しのフィルムのようにわき上がった。
「そうだ、僕は来ヶ谷さんとつきあってたんだ……」
どうしてクドとつきあっているなんて思っていたのだろう? 僕はあんなに来ヶ谷さんにアプローチしてたのに。
アプローチして……返事をもらって……その後どうなったんだっけ。
ぼんやりとした雨の風景しか浮かばない。
「そんなことはどうでもいいだろう」
唯湖が膝上の理樹から顔を逸らしたままつぶやく。
「それよりキミは、どうして私が放送室を避けたと思う?」
「そうだね……」
記憶を取り戻させたいなら、出来るだけ印象の強いものを揃えるのが常識かもしれない。
「でも、この部屋も印象深いけどね」
目が覚めたら夜の女子寮だったという衝撃のシチュエーションは忘れようがない。
「あの時キミはまだおねーさんに告白する前で、起きるなり一目散に逃げ帰ったなあ」
「そうだっけ」
女子寮の玄関に靴を取りに行くという壮絶なミッションがあった気がしますけど。
「今は、恋人同士だ」
つまり、フリーパス。
「そんなわけで存分に楽しんでくれたまえ」
「ナレーションを受けて会話しないでよ!」
ランキングバトルに敗北した理樹は精一杯の抗議をした。ベッドに座る唯湖の太ももの上から。
「なんだ、そんなささいなことが気になるのか。総受け君は心配性だなあ。」
はっはっはと辺りはばかることのない大声で、唯湖は笑った。とはいっても理樹からは笑顔の下半分は見えなかった。白く透けるシャツに包まれた公称B九〇のFがゆさゆさと揺れていたので。
本当はゆさゆさというよりどたぷ〜んという感じだったのでGかHはあるんじゃないかと理樹は思ったけど自重した。空気の読める子理樹。
「なんならキミが揉んでHカップに育ててくれてもいいんだぞ」
「だからモノローグに入ってこないでってば!」
つまりGなんだなと理樹は納得した。謎の解明は使命の一つでもあるので今日はなかなかの働きをしたといえる。
「そういうわけで、僕を帰してよ。クドが待ってるんだ」
「そう言う総受け君もナレーションから切り返してきたじゃないか、つれないな。キミは敗者のしきたりというのがまだよくわかってないらしい。昔から戦争に負けた側は狼藉略奪の限りを尽くされて陵辱されるというのが世の習いだ」
「歴史はともかく、こんな恥ずかしいこと……」
「そうか? ほ〜れほれ」
唯湖は膝にのせた理樹の頭をわしわしとなでた。そんな風にされると、理樹も自分が猫になったような気がしてくる。横たわるベッドのほどよい寝心地もあって、心地よさに気が遠くなりそうだ。
「そういえば総受け君は|ロリっ子御用達君《クドリャフカ君》とおつきあいしているのだな」
理樹をじゃらしながら唯湖が尋ねた。
「うん。今日もこれから買い物に出かけるんだ。だから」
はう・まーっち・まねーなのですよ、というクドの可愛い声が理樹の頭の中で聞こえた。毎日一緒にいても、やはりお出かけは胸がドキドキする。ここでちょっぴりお茶目な姉御肌に玩ばれている場合じゃないのである。
「それなんだが……」
唯湖はらしくもなく、曖昧で|無聊《ぶりょう》に苦しむような表情を浮かべた。
「なぜだかキミがクドリャフカ君といるのを見ると妙に腹立たしい……気がする。そもそも君たちはいつからつきあっているのかね」
「それは……」
デートの帰りにクドが「靴ひもが解けてる」っていって、僕がかがんで――。
あれ?
唯湖の言葉が耳に届いたとたん、理樹の頭の中に突然“?”が浮かんだ。
そもそもどうして僕はクドと出かけたんだっけ?
忘れられないはずの確かな思い出が、唯湖に聞かれただけで泡のように消えていく。
(記憶なんてあやふやなんだよ)
どこかで誰かの声がした。
(あたしがちょっと言っただけで、すぐにひっくり返ってしまうくらいに)
そんな訳はない。僕は、そんな挑発は乗り越えてきたはずだ。
挑発? 誰の?
急にうろんな気持ちになった理樹の気持ちを見透かしたように、唯湖は
「なぁ、少年も気づいたろう? 何日前からなのかわからないが、キミの記憶同様、みんなの記憶も実にあいまいだ。実は私自身、なにが現実で何が妄想なのかいささか自信がなくてね。そんな時私は思考より自分の感性を信用することにしているんだ。それによると――」
唯湖は太ももの上にのせた理樹の頬をむにむにと押した。
「こうしていることはどうやら私にとってとても自然なことらしい。控えめに言って、歯磨きのような習慣であったとしか思えないのだよ。ここ数日ずっとこうしたかったし、キミの頭がここにあると落ち着くのではないかと予想はしていたが、これほどとは思わなかった」
唯湖の掌はまるで懐かしむかのように理樹の顔をなぞる。理樹はなんだか背中がゾクゾクっとした。やばい、なんだか僕もそんな気がしてきた。確かにこの太ももの感触は初めての気がしない。
「でも何かが違う気がする」
「それはズバリ、場所だな」
唯湖は断言した。
「私のおぼろげなイメージでは理樹くんを支えていた太ももの下はもっと固い感触だ。たぶん放送室の椅子なんじゃないかと睨んでいる。つまり、私たちはいつも放送室を使って乳繰り合っていたというわけだ」
「乳繰りあってなんていないよ! ご飯を食べたり、耳掃除を……」
あっ、と理樹は唯湖を見上げた。唯湖の美々しい顔がにんまりとした……はずだ。相変わらず口元はGカップ山脈の彼方だったので。
「どうやら私だけの妄想ではなかったようだな」
「そんな気がする」
「そうか……」
満足するのかと思いきや、なぜか唯湖は気まずそうに天に顔を背けた。
「どうしたの?」
問いかけたとたん、唯湖へのプレゼントに悩んだことや一緒に見た花火の記憶が、理樹の中で逆回しのフィルムのようにわき上がった。
「そうだ、僕は来ヶ谷さんとつきあってたんだ……」
どうしてクドとつきあっているなんて思っていたのだろう? 僕はあんなに来ヶ谷さんにアプローチしてたのに。
アプローチして……返事をもらって……その後どうなったんだっけ。
ぼんやりとした雨の風景しか浮かばない。
「そんなことはどうでもいいだろう」
唯湖が膝上の理樹から顔を逸らしたままつぶやく。
「それよりキミは、どうして私が放送室を避けたと思う?」
「そうだね……」
記憶を取り戻させたいなら、出来るだけ印象の強いものを揃えるのが常識かもしれない。
「でも、この部屋も印象深いけどね」
目が覚めたら夜の女子寮だったという衝撃のシチュエーションは忘れようがない。
「あの時キミはまだおねーさんに告白する前で、起きるなり一目散に逃げ帰ったなあ」
「そうだっけ」
女子寮の玄関に靴を取りに行くという壮絶なミッションがあった気がしますけど。
「今は、恋人同士だ」















Since 2002-04-15









