長門有希の観察 §30(HP編11)
(今、情報統合思念体の全てがあなたたちを注目している)
「それは聞いた」
(そうではない)
長門は俺にとんでもないことを切り出した。
(今この瞬間、この世界に新たな大規模情報爆発が始まろうとしている)
「なんだって」
それは、あの……
(――それは歴史的瞬間。だから全宇宙の統合思念体がこの瞬間を目撃するために集まっている)
「この部屋にか」
(この部屋に)
この圧迫感はそれが理由だったのか。
全宇宙の視線がこの一部屋に集中している。
そんな馬鹿な、というだけの度胸はもはや俺にない。たかだか口五月蠅い女一人をラブホに連れ込んだだけでなんて騒ぎだ。俺たちはいつの間にか絶滅動物の交配を見守るようなシチュエーションのまっただ中に放り込まれていたのか。
もっとも、だとしたらこの視線は逆に少なすぎると言えるだろう。全宇宙がどの程度だか知らないが、情報だけで地球を圧壊させるくらいのエネルギー量はあるはずだ。体を張って気を遣っている誰かが間にいるとしか思えない。
「……それは迷惑掛けてるな」
(いい)
返事は例によって簡潔だった。
(私たちの仲)
「俺たちの仲か、そうだな」
どんな仲なんだろうな。俺と長門は。
長門はそんな胡乱な問いには答えず、代わりに
(涼宮ハルヒの中で、あなたの愛情に対する信頼が生まれつつある)
声色に微妙な色彩を乗せた。
(彼女にとってそれは人生の基盤を揺るがすこと。自己判断の無謬性の下にあなたへの信頼を敷こうとしている)
それはまた、私=私たちのループに戻ることとは違うのか?
(違う。自意識の未分化ではなく、自己の基盤としてのあなたの存在を認めると言うこと。涼宮ハルヒを情報の大砲とするならば、その向きを決める砲台があなた。あなたの望む向きに涼宮ハルヒのエネルギーは進む)
要するに縁の下の苦労は俺に押しつけて、自分は勝手に飛び出そうってことだろ、それは。
長門は珍しく躊躇するような間を開けて
(そうかもしれない)
と言った。おいおい、認めちまうのかよ。
(でもそれは今までと同じ。SOS団はあなたの暗黙の認証の元に動いてきた。これからはそれがあなたたち二人の間にあると認め合うことになるだけ)
それは良いことなんだろうな?
(あなたというプリズムによって、涼宮ハルヒの情報は多彩に屈折し変化していくと予想される。それは統合思念体にとって待ち望んでいた変化)
「統合思念体はこの際おいておこう」
言いたいことは山ほどあるが、先に確認しておきたいことがある。
「それは、俺たちにとって、良いことなんだろうな」
SOS団にとって、長門、おまえにとってどうなんだ。
長門の声は途切れた。俺は辛抱強く待つ。ガラスの向こうにいるハルヒが何をしているんだという顔で見ている。宇宙も世界のも知ったことじゃないな。俺もそうさ。話が大きすぎて現実感がありゃしない。俺にわかるのはSOS団とその周囲くらいまでさ。だからおまえの答えが聞きたいんだ。
何もしない俺にいらだったハルヒが、憤然と立ち上がってこちらに来ようかという瞬間、声はようやく戻ってきた。
(良いこと)
長門は請け負ってくれた。
(――でも、少し寂しい)
今度は俺が黙る番だった。
(これであなたと涼宮ハルヒの関係は深く固定される。それは私たちの幼年期の終わり)
ママゴトみたいな仲良しグループSOS団の時代は終わるってわけか。
(私はそれを楽しんでいたと思う)
俺も気に入っていたさ。できれば永遠にそこに留まりたかったくらいだ。でも、そうするには少々そこの頓狂な女のことを気に入りすぎていたようだ。
楽しいだけのSOS団なら、長門の作ったあの世界でも良かったかもしれない。あるいはハルヒの滅ぼした五十二の世界の中にも存在したのかもしれない。だがそれだけじゃもうもの足りなかったんだ。俺もハルヒも飽きっぽすぎる性格のようだからな。
ガンガンとガラスの向こうから拳が飛んできた。まさかこの敷居をたたき割るつもりじゃないだろうな。騒音に混じって曇った声が聞こえる。
「ちょっとキョン! なにしてんのよ。早く始めなさい。さもないと……」
「うるせぇ!」
俺はガラスを殴り返した。こっちは大事な話をしてるんだ。
「あっち行って見てろ!」
驚いたことにハルヒは憤然とながらベッドまで引き下がった。いつからこんなに聞き分けが良くなったんだ? これも信頼とやらかね。単なる開幕前の期待感からかもしれんが。
(彼女にとって、あなたが手品に成功するかは問題ではない)
「失敗したらしたで罰ゲームのお楽しみがあるからな」
(あなたの存在自体が今の望み。同じ空間を分け合って、触れ合うこと。それだけで満たされる。今のは寂しくなったから触れにきただけ)
「報告しなくったっていい。逐一相手の気持ちがわかるっていうのはフェアじゃないからな……なあ、長門」
(それは難しい)
声は先回りして答えたが、俺は言葉をかぶせた。
「統合思念体に、この部屋の観察をやめるように言えないか。連中がほしいのはこれからの結果だろ。炭素系有機生命体の生態に興味がある訳じゃない」
希少動物だって科学者が二十四時間睨んでたら不妊になるってもんだ。モルモット扱いは耐えるにしても、生板ショーまがいのプライベートを公開する必要があるとは思えない。自慢できるようなテクニックもないしな。
「それは聞いた」
(そうではない)
長門は俺にとんでもないことを切り出した。
(今この瞬間、この世界に新たな大規模情報爆発が始まろうとしている)
「なんだって」
それは、あの……
(――それは歴史的瞬間。だから全宇宙の統合思念体がこの瞬間を目撃するために集まっている)
「この部屋にか」
(この部屋に)
この圧迫感はそれが理由だったのか。
全宇宙の視線がこの一部屋に集中している。
そんな馬鹿な、というだけの度胸はもはや俺にない。たかだか口五月蠅い女一人をラブホに連れ込んだだけでなんて騒ぎだ。俺たちはいつの間にか絶滅動物の交配を見守るようなシチュエーションのまっただ中に放り込まれていたのか。
もっとも、だとしたらこの視線は逆に少なすぎると言えるだろう。全宇宙がどの程度だか知らないが、情報だけで地球を圧壊させるくらいのエネルギー量はあるはずだ。体を張って気を遣っている誰かが間にいるとしか思えない。
「……それは迷惑掛けてるな」
(いい)
返事は例によって簡潔だった。
(私たちの仲)
「俺たちの仲か、そうだな」
どんな仲なんだろうな。俺と長門は。
長門はそんな胡乱な問いには答えず、代わりに
(涼宮ハルヒの中で、あなたの愛情に対する信頼が生まれつつある)
声色に微妙な色彩を乗せた。
(彼女にとってそれは人生の基盤を揺るがすこと。自己判断の無謬性の下にあなたへの信頼を敷こうとしている)
それはまた、私=私たちのループに戻ることとは違うのか?
(違う。自意識の未分化ではなく、自己の基盤としてのあなたの存在を認めると言うこと。涼宮ハルヒを情報の大砲とするならば、その向きを決める砲台があなた。あなたの望む向きに涼宮ハルヒのエネルギーは進む)
要するに縁の下の苦労は俺に押しつけて、自分は勝手に飛び出そうってことだろ、それは。
長門は珍しく躊躇するような間を開けて
(そうかもしれない)
と言った。おいおい、認めちまうのかよ。
(でもそれは今までと同じ。SOS団はあなたの暗黙の認証の元に動いてきた。これからはそれがあなたたち二人の間にあると認め合うことになるだけ)
それは良いことなんだろうな?
(あなたというプリズムによって、涼宮ハルヒの情報は多彩に屈折し変化していくと予想される。それは統合思念体にとって待ち望んでいた変化)
「統合思念体はこの際おいておこう」
言いたいことは山ほどあるが、先に確認しておきたいことがある。
「それは、俺たちにとって、良いことなんだろうな」
SOS団にとって、長門、おまえにとってどうなんだ。
長門の声は途切れた。俺は辛抱強く待つ。ガラスの向こうにいるハルヒが何をしているんだという顔で見ている。宇宙も世界のも知ったことじゃないな。俺もそうさ。話が大きすぎて現実感がありゃしない。俺にわかるのはSOS団とその周囲くらいまでさ。だからおまえの答えが聞きたいんだ。
何もしない俺にいらだったハルヒが、憤然と立ち上がってこちらに来ようかという瞬間、声はようやく戻ってきた。
(良いこと)
長門は請け負ってくれた。
(――でも、少し寂しい)
今度は俺が黙る番だった。
(これであなたと涼宮ハルヒの関係は深く固定される。それは私たちの幼年期の終わり)
ママゴトみたいな仲良しグループSOS団の時代は終わるってわけか。
(私はそれを楽しんでいたと思う)
俺も気に入っていたさ。できれば永遠にそこに留まりたかったくらいだ。でも、そうするには少々そこの頓狂な女のことを気に入りすぎていたようだ。
楽しいだけのSOS団なら、長門の作ったあの世界でも良かったかもしれない。あるいはハルヒの滅ぼした五十二の世界の中にも存在したのかもしれない。だがそれだけじゃもうもの足りなかったんだ。俺もハルヒも飽きっぽすぎる性格のようだからな。
ガンガンとガラスの向こうから拳が飛んできた。まさかこの敷居をたたき割るつもりじゃないだろうな。騒音に混じって曇った声が聞こえる。
「ちょっとキョン! なにしてんのよ。早く始めなさい。さもないと……」
「うるせぇ!」
俺はガラスを殴り返した。こっちは大事な話をしてるんだ。
「あっち行って見てろ!」
驚いたことにハルヒは憤然とながらベッドまで引き下がった。いつからこんなに聞き分けが良くなったんだ? これも信頼とやらかね。単なる開幕前の期待感からかもしれんが。
(彼女にとって、あなたが手品に成功するかは問題ではない)
「失敗したらしたで罰ゲームのお楽しみがあるからな」
(あなたの存在自体が今の望み。同じ空間を分け合って、触れ合うこと。それだけで満たされる。今のは寂しくなったから触れにきただけ)
「報告しなくったっていい。逐一相手の気持ちがわかるっていうのはフェアじゃないからな……なあ、長門」
(それは難しい)
声は先回りして答えたが、俺は言葉をかぶせた。
「統合思念体に、この部屋の観察をやめるように言えないか。連中がほしいのはこれからの結果だろ。炭素系有機生命体の生態に興味がある訳じゃない」
希少動物だって科学者が二十四時間睨んでたら不妊になるってもんだ。モルモット扱いは耐えるにしても、生板ショーまがいのプライベートを公開する必要があるとは思えない。自慢できるようなテクニックもないしな。















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