長門有希の観察 §31(HP編12)
春夏秋冬を一周したかと思えるほど長い数秒に俺が耐えきれなくなる寸前、バスルームの上の方から
(条件がある)
と、声が聞こえた。
俺が手招きをすると、待ちかねていたピンク色のバンビが挑戦という鹿煎餅を求めて近寄ってきた。指さしてガラス張りのドアの側に回らせる。
「準備できたの?」
「ああ、そちらのノブに手を掛けてくれ」
「こう?」
と、ハルヒは外側から白い取っ手に手を掛けた。こちら側の取っ手とガラス扉を挟んで対称になるような位置にある。俺は息を吸って。
「じゃあいくぞ、一、二、三」
かけ声と同時に俺は反対側から取っ手を握りしめた。
どん!
という響きが自分の内側から聞こえた。
――気がしたが、構わず俺は力任せにドアを引っ張った。引き込まれて軽くよろけたハルヒがパウダールームに転げ込んでくる。
ハルヒは軽く蹈鞴を踏んだものの、俺の胸に飛び込んでくる前に軽く体制を立て直してしまった。朝比奈さんなら小鳥の雛のように懐に収まるだろうに、ろくに役得も与えてくれない奴だな。姿勢を戻したハルヒは俺を見上げ
「なによ、一緒に入りたいの?」
と、ちょっと不機嫌そうに声を上げた。うっすら頬が赤いのは声とは裏腹だけどな。視線は俺の向こうに見える浴室に奪われたままだ。なみなみと湯をたたえたでかい浴槽が洒落た黒タイルの奥に収まっているのがガラスの仕切り越しに見える。
「手品は終わりだ。もういいぜ」
「なによ」
俺は首をすくめて、扉を引き直した。解放で固定する。
「もう向こうに戻っても違和感はないはずさ」
「何言ってんのあんた?」
「いいから出てみろよ」
バンビからドナルド・ダックに変身した女が不機嫌さ50%、好奇心20%といった感じで外に出る。残り30%は割とどうでも良いんだと思うね、本当は。俺の小芝居につきあってやってるという感じなんだろうさ。しかし
「えっ、なんで?」
後に続いて出た俺も心中で驚きを押し殺す。いつかの吹雪の館によく似た人工的な空気こそ消えないものの、視線の圧迫感の方は見事に雲散霧消していた。これなら新築の一流ホテルで通るだろう。行った経験は小学校の頃まで遡るとはいえ。
「気圧の問題なんだろうな」
俺は古泉の口調を頭の中で再現しながら、口から出任せを語り始めた。あいつほど流暢ってわけにはいかないが、そこは成す仲同士見逃してもらいたいね。
「こういうところは空調が行き過ぎて部屋と外で気圧に微妙な差が出るもんさ。そいつが違和感の正体だ。風呂場は独立して換気してるからな。扉を開けると調整される。外窓開けても良いんだろうがこの部屋にはないからな」
「へえ……」
ハルヒは掌を見つめて少し首をかしげた。
「どうした」
「入るときに少しピリッとしたから、静電気かしら」
ノブは大理石風の合成樹脂だが俺は頷いておいた。
「それもエアコンの効きすぎのせいかもな。乾燥してるんだろ」
「そうね」」
特に異論もなかったのか、パウダールームと外側を行ったり来たりしながらきょろきょろと確認する。さして期待もしてなかった宝くじで五千円くらい当たったような顔だな。嬉しいってほどの額じゃないが足しにならないこともないという感じだ。
「こういう雑学ネタは古泉君の専門だと思ってたけど……」
いなきゃいないで代役を立てざるを得ないからな。飽きっぽい観客のせいで舞台裏ではみんな大騒ぎしてるんだ。最近は俺までクレーマーの一派に数えられることが多くて遺憾だが、希望としては舞台袖か関係者席でのんびり見ていたいというのが本音だね。
「……あんたって変なところで外連味出すとこあるわよね。普段使いっぱなのに突然仕切り出したり、急に投手やりたいって言ってみたり」
「美味しいところを逃さないと言ってほしいね」
「ホントにそうかも」
と、妙に素直な返事が来たので俺は思わずハルヒを見返した。ありうべからずというか、何か悪いものでも喰ったのか、ハルヒの瞳は俺を見つめて潤んでるように見えた。腕に細い腕がからみついて寄せられる。
(条件がある)
と、声が聞こえた。
俺が手招きをすると、待ちかねていたピンク色のバンビが挑戦という鹿煎餅を求めて近寄ってきた。指さしてガラス張りのドアの側に回らせる。
「準備できたの?」
「ああ、そちらのノブに手を掛けてくれ」
「こう?」
と、ハルヒは外側から白い取っ手に手を掛けた。こちら側の取っ手とガラス扉を挟んで対称になるような位置にある。俺は息を吸って。
「じゃあいくぞ、一、二、三」
かけ声と同時に俺は反対側から取っ手を握りしめた。
どん!
という響きが自分の内側から聞こえた。
――気がしたが、構わず俺は力任せにドアを引っ張った。引き込まれて軽くよろけたハルヒがパウダールームに転げ込んでくる。
ハルヒは軽く蹈鞴を踏んだものの、俺の胸に飛び込んでくる前に軽く体制を立て直してしまった。朝比奈さんなら小鳥の雛のように懐に収まるだろうに、ろくに役得も与えてくれない奴だな。姿勢を戻したハルヒは俺を見上げ
「なによ、一緒に入りたいの?」
と、ちょっと不機嫌そうに声を上げた。うっすら頬が赤いのは声とは裏腹だけどな。視線は俺の向こうに見える浴室に奪われたままだ。なみなみと湯をたたえたでかい浴槽が洒落た黒タイルの奥に収まっているのがガラスの仕切り越しに見える。
「手品は終わりだ。もういいぜ」
「なによ」
俺は首をすくめて、扉を引き直した。解放で固定する。
「もう向こうに戻っても違和感はないはずさ」
「何言ってんのあんた?」
「いいから出てみろよ」
バンビからドナルド・ダックに変身した女が不機嫌さ50%、好奇心20%といった感じで外に出る。残り30%は割とどうでも良いんだと思うね、本当は。俺の小芝居につきあってやってるという感じなんだろうさ。しかし
「えっ、なんで?」
後に続いて出た俺も心中で驚きを押し殺す。いつかの吹雪の館によく似た人工的な空気こそ消えないものの、視線の圧迫感の方は見事に雲散霧消していた。これなら新築の一流ホテルで通るだろう。行った経験は小学校の頃まで遡るとはいえ。
「気圧の問題なんだろうな」
俺は古泉の口調を頭の中で再現しながら、口から出任せを語り始めた。あいつほど流暢ってわけにはいかないが、そこは成す仲同士見逃してもらいたいね。
「こういうところは空調が行き過ぎて部屋と外で気圧に微妙な差が出るもんさ。そいつが違和感の正体だ。風呂場は独立して換気してるからな。扉を開けると調整される。外窓開けても良いんだろうがこの部屋にはないからな」
「へえ……」
ハルヒは掌を見つめて少し首をかしげた。
「どうした」
「入るときに少しピリッとしたから、静電気かしら」
ノブは大理石風の合成樹脂だが俺は頷いておいた。
「それもエアコンの効きすぎのせいかもな。乾燥してるんだろ」
「そうね」」
特に異論もなかったのか、パウダールームと外側を行ったり来たりしながらきょろきょろと確認する。さして期待もしてなかった宝くじで五千円くらい当たったような顔だな。嬉しいってほどの額じゃないが足しにならないこともないという感じだ。
「こういう雑学ネタは古泉君の専門だと思ってたけど……」
いなきゃいないで代役を立てざるを得ないからな。飽きっぽい観客のせいで舞台裏ではみんな大騒ぎしてるんだ。最近は俺までクレーマーの一派に数えられることが多くて遺憾だが、希望としては舞台袖か関係者席でのんびり見ていたいというのが本音だね。
「……あんたって変なところで外連味出すとこあるわよね。普段使いっぱなのに突然仕切り出したり、急に投手やりたいって言ってみたり」
「美味しいところを逃さないと言ってほしいね」
「ホントにそうかも」
と、妙に素直な返事が来たので俺は思わずハルヒを見返した。ありうべからずというか、何か悪いものでも喰ったのか、ハルヒの瞳は俺を見つめて潤んでるように見えた。腕に細い腕がからみついて寄せられる。















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